趣味

社交ダンス (踊っている時は仕事も雑事も忘れているのがいいです)
観劇 (好きな劇団は「新感線」、野田マップ、故蜷川幸雄さん演出のお芝居はよく観にいきました。劇団四季のミュージカルも好きです。)
音楽  好きなミュージシャンは、GLAY。20年来のファンです。ライブは50回以上行きました。後XJAPANも大好きです。チケットが中々取れない。
映画鑑賞 映画は手軽に行けるのがいいですね。大画面の迫力好きです。
旅行(特に温泉)中々長い休みが取りにくいので、一泊二日の温泉旅行が多いです。

 

略歴

高校卒業後、自宅を出て自活しました。知り合いの紹介で22歳から3年間ビル管理会社に勤務して経理を担当しました。簿記は全く知らなかったのですが独学で学び、会社の税務申告書を作成するまでに。

当時はまだパソコンも無く、電卓も無い時代で計算はソロバン、伝票は手書きで帳面への転記も勿論手書きの時代でした。

私は計算も早く正確だったので、当時の上司から税理士を目指すよう勧められました。

それに向けて勉強を始めようと思った時に「鍼灸」に出会い私の人生が大転換。

その頃知り合った友人がいて、彼女は乳児院で保育士として働いている中「頚腕症候群」と言う病気になり休職していました。腕が痺れて力が入らず、茶碗も持てない、新聞もめくれないと言う、私には信じられない病気。

その友人は治療で鍼灸と水泳をしていました。西洋医学での治療は首の牽引や痛み止めの薬でかえって具合が悪くなることが多く、効果的な治療とは思えないと言ってました。

私は「ハリ」という治療を初めて聞いた時は、まじないの一種だと思いました。

でも友人は、ハリを受けると痛みも減って何より体調も良くなり、自分が治るためにはハリしかないと切々と語ってくれました。

私は、ハリを刺すと何で痛みが少なくなるのか不思議に思うと共に、この治療を自分が学んだら彼女のように痛みで苦しんでいる人を助ける事が出来るのではないか?

税理士よりも世の中の人に役に立つのではないかと思い鍼灸学校に入ることに決めました。

学校に入学して、今までの西洋医学の考え方とは全く違う東洋医学の世界観に戸惑いながらも、徐々に頭の中が変わっていきました。

人間は自然の一部であり、元々自然治癒力が備わっていること。

西洋医学のように部分を見るのではなく身体全体を見ること。

心と体は一つであること。

ツボにハリをする事によって、自然治癒力を強化して病を治していく事を学びました。

ハリをする事で、辛い痛みや身体の様々な症状を軽減する事ができる、人々が笑顔になるお手伝いが出来る、その笑顔を見るのが私の喜びだと思いました。
学校を卒業した翌年に長女を出産し、子供が1歳半の時に横浜市青葉区に転居し、子育てをしながら自宅で「鍼灸院」を開業しました。

 

思い

長年様々な人の治療に携わる中で時々「外反母趾が痛む」患者様がいらっしゃいました。

その時はそこの患部にハリをして低周波をすると、痛みが減じて喜ばれました。

当時は外反母趾自体を治そうかとかは思いませんでした。

後年、自分が外反母趾になり年を経るごとに進んでいったのです。

私は若い頃からヒールの細いつま先が尖った靴が大好きで、通勤・外出の時は好んで履いていました。

外反母趾になっても特に痛みはなかったので履き続けていました。元々甲が薄い足なので前にのめらないように、必ずバンドがついた靴を履いていました。

少しずつ外反母趾が進んで足の横幅が広がっていき、それと共に足底に魚の目が出来て、その痛みに悩まされるようになりました。

そこでようやくヒールの靴を諦めて、ヒールのないスニーカーの靴を履くようになりました。

巷で言われている外反母趾に良いというグッズや、タオルギャザー(足指でタオルを掴む運動)やらホーマン体操(両方の親指どおしをゴムバンドで広げる運動)をやってみたが、これで改善していくだろうとは思えませんでした。

自分の中で、改善する方法を見つける事が出来ませんでした。このままどんどん進んで、痛みが出て来て歩けなくなったら手術するしかないのか?でも手術はしたくないと、思い悩む日々が続きました。

そんな時にこの「ゆるかかと歩き」(ネイティブウオーキング協会)に出会ったのです。発案者の中島先生のセミナーに参加して、私はそれこそ「目からうろこ」の驚きを味わったのです。

「外反母趾は生活習慣病」「人には自ら病気を治す自然治癒力がある」「自然治癒力を活かす」は、私の根本、大きな柱です。
でも外反母趾だけは勝手に例外化し、生活習慣病であることには全く思い至っていませんでした。

今考えるとおかしな話ですが、思い込みとは恐ろしいものです。

しかし協会での講義の中で自分の外反母趾が「生活習慣病」であり、良くない歩き方という生活習慣で多大な負担かけ続けてきた結果であることに、やっと気付いたのです。

その講義の中で実際に、負担のない歩き方をやってみた時の驚きは、言い表せません。

「歩くとはこんなに楽なものなのか」「いかに無駄な力を加えて歩いていたのか」その差を体感すると、私がどれ程「外反母趾になる歩き方」だったかということに、深く納得でした。

私自身の外反母趾も、痛みを感じることはなくなり、どんどん改善していっています。

そんな中ふと思うのは、同じような辛い思いをし、誤解の中で出口を見つけられず、苦労している方達のことです。

施術する側の私ですら、こんな思い違いをして苦しんでいたのです。そうでない方は、もっと悩み苦しんでおられることでしょう。私の使命は、同じ様な症状で苦しんでいる方に、このことを伝えることではないか。

同じ苦しみを知っている私だからこそ、その役目が果たせるのではないか。

そう思うようになりました。

大丈夫だということを、諦めなくていいということを、憂いのない快適な日々が取り戻せることを、一人でも多くの方に伝えたい。そう思って今日も現場に立っています。